名所・旧跡D稲城の名前の由来かも 『小沢城址』


 皆さんご存知ですか? この稲城の地にはお城があったんですよ!!

 平安時代末期、稲毛三郎重成により築かれたと伝わる小沢城は多摩丘陵の先端に位置し、丘のふもとを三沢川が流れる要害の地であり、鎌倉道・矢野口(多摩川)の渡しを抑える交通の要衝として鎌倉幕府時代は北の守りの重要拠点だったそうです。                      ・・・・・ 詳しくはこちら

 という訳で、稲毛氏が作った城、つまり稲城という事かも知れませんね。
 稲城と川崎の境に当たるここら一帯は、今、良く整備されたハイキングコースになっています。  稲城側からの入り口は、ジャイアンツ球場への自動車道ができたせいで、穴澤天神社の境内の中程になってしまいました。(ジャイアンツ球場への自動車道のヘアピンカーブの頂点あたりからも入れます。)


迂回路看板          入口             途中の様子

 南側の山肌に作られた階段を上って鬱蒼とした木々の間を抜けていくと、城主だった小沢小太郎が毎日神社に参拝するために通ったといわれる天神道に出ます。  これを左に上っていくとすぐに開かれた場所に出ます、ここが小沢城址です。


 この開かれた一帯は、武士たちが馬術を磨いた馬場だったそうです。

 戦国時代以降この地は重要度を
失っていったそうですが、江戸時
代末期には、富士講という富士山
信仰が盛んになり、富士塚や記念
碑などが作られています。
 ここから少し先の浅間山山頂(とい
っても標高差10mくらいしかありま
せん)には非常に小さいですが石の祠
でできた浅間神社まであります。
 そこに行く途中には、物見台や古井
戸の跡なども見られます。

古井戸への道         古井戸の跡          古井戸説明看板

 川崎側に出るには東と南に2ルートありますが、元来た道を引き返すとジャイアンツ球場へ行く自動車道に出ますので、それを下れば京王よみうりランド駅に着きます。  又、その自動車道を上り、ゴンドラの下の「巨人への道」の階段を下りても駅に行けます。

 四季折々の楽しみが見つかると思いますので、皆さんも是非散策されてはいかがでしょう。


2012年5月13日
小沢城址・春

 ウグイスの声に誘われて、新緑の小沢城址を散策してきました。


 京王よみうりランド駅南側のよみうりVロードを登っていくと、コーナーの頂点部分に小沢城址への分かれ道があります。

 GWに歩いた時は、このあたりで「ホーホケキョ」と盛んに鳴いていたんですが、この日は時間が遅かったせいでしょうか、聞くことができませんでした。 やはり午前中に出かけないといけませんね。


 分岐から1〜2分で馬場跡に到着します。 小沢城址の一番西側の遊歩道を川崎方面に下り、一度住宅街に出てから少し歩き、今度は違う入り口から上りました。


 むか〜し来た時には小さな杭があっただけでしたが、今では立派な絵看板が立っていました。
この民家の間の階段を上がるとすぐに竹林が現れ、急な階段を進んでいくと、間もなく浅間山への分岐に出ます。


 そこから小沢城址の石碑まではすぐ。最初の馬場跡も目の前に広がります。 元来た道を稲城側に戻り、途中の分岐で穴澤天神社方面へ入ると1,2分で境内に出ます。
この日は神楽殿の雨戸が解放されていましたので1枚パチリ!


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